仕事用鞄
たまには,出張に行かずとも,自宅の母艦から更新するのも良い.一番使い慣れたキーボードで打ち込むのは,やはり気持ちが良い.
カスタムメイド(オーダーメイド)ネタで何件か書いてきた.確か,スーツで2件,靴で2件書いただろうか.
今回は,仕事用の鞄だ.仕事用の鞄と言っても,毎日の通勤に使う奴じゃなく,海外出張に使う機内持ち込み用の鞄だ.コイツをまた作った.毎日の通勤用のは,弘前の某馬具店でカスタムメイドしたのが,まだ日本で寝ている.もったいない話だが.
以前,香港で鞄を作ったことは,しばらく前の記事で書いた.コリゴリしたことも書いた.所詮は中国人.こちらが何をしたいのかを理解せず,「言われたからやりました」的なやっつけ仕事をやってくれて,ウンザリした.図面にもない頼みもしないポケットを勝手に付けてくれ,「ついでにこのポケットをサービスで付けておいたよ.便利だろう?」と,ドヤ顔をされた.ちなみにそのポケットは,外に大きく出っ張っており,鞄の重心は崩れるわ,持ち歩くときに邪魔になるわ,ろくなモンではなかった.ああ,この店は出来上がりの見栄えだけを考えていて,実際どう使われるのかなんてまるで考えてないんだな,と思った.はっきり言って金のムダだった.ここで店の名前まで書くつもりはないが,ブランドバッグのコピーで有名な九龍のとある店だ.ガイドブックにも載っている.あれ以来,香港で何かを作ろうとは全く思わなくなった.
その,気に入らない鞄だが,そうは言ってもそれなりの金を払って作ったモノだから,もったいないので使い続けていた.でないと,カミさんがいい顔をしない.(笑) 多分,この気に入らない鞄と一緒に地球を何回かは回ったと思う.普通,それだけ使えばだんだん愛着が湧いてくるモノだが,コイツだけは違った.
持ち手の位置が重心からずれていたり,持ち手が正確に指定通りの構造ではなかったり,さらに強度が足りなくてだんだん変形してきたり,ジッパーがやたらと角が立っていてスーツの生地にひっかき傷を作ってくれたり,ずいぶん難儀して使っているのを見かねたカミさんから,やっと次の鞄の作成許可が下りた.なんだかんだでぶつくさ言いながら,その出来損ないの鞄を3年使い続けた.
そこで,タイ人職人の出番だ.タイは,革製品が安い.合皮より,本革が安かったりする.つまり,革製品を作る職人がそこら辺にゴロゴロしているということだろう.母数が大きければ,突出した能力を持つ人間が出やすい・・・というリクツを脳内ででっち上げ,カミさんを説得したというのもある.
以前,靴のカスタムメイドをしたときに,O.P.プレイスの中に他に何軒か革製品の店があるのを見ていた.ネットで調べたところ,そのウチの一軒が,それなりに高い評価を受けていることが分かった.記憶をたどると,確かにかなりガッシリとした実用的な鞄がいくつか置いてあったように思う.ということで,その店を訪ねた.
(ちなみに,靴を作ったときに紹介した,同O.P.プレイスの「Bangkok Leather」という名の店だが,オリエンタル・ホテルのマネージャのお墨付きだ.彼曰く,「靴を作るなら,この店が最高だよ.保証する.」と.もちろんなにがしかのリップサービスは入っているとは思うが,確かにラフな寸法取りの割には,非常に足に合った靴を作る.少々注意は必要だが)
注文しようとしたところで,店の女将さんに聞かれた.アンタ,その鞄いくつ作るの?と.もちろん,一つだけだ.すると,ウチはカスタムメイドは10個からしか注文を受けないの,ゴメンね,ということだった.「その代わり,腕の良い職人を抱えている店を紹介してあげる.値段はちょっと高めだけれど,品質は絶対保証するわ.そこなら一個から作ってくれるから.」ということで名刺を渡された.なんと,リバーシティの「Siam Leather Goods」だった.上記のBangkok Leatherと前後して,靴を作るのに世話になった店だ.
車に乗り,リバーシティに急ぐ.着いて驚く.以前は川沿いの,少々目立たない場所にあったはずの店舗が,入り口にすぐ近いところに移動している.それはさておき,早速交渉に入る.
香港で作ったときもそうだったのだが,立体の投影図,三面図,分解図,こだわりのある場所のそれぞれの拡大図を描いていた.A4で4枚になった.CADを使ったわけではなく,所詮は手書きの図面だが,いくら口頭で説明しても絶対に分かってもらえない所があり,それを理解してもらうのには,やはり図面が絶対に必要だ.特に,鞄の使い心地の命である,持ち手の構造と位置については,図面がなければ話は通らない.
前にも書いたが,この店は英語が完璧に通じる.インド系のオヤジが一人,やはりインド系と思われるその奥さんとおぼしき女将さんが一人,中華系と思われるオヤジが一人いる.いずれもかなり巧く英語を操り,こだわりを説明するのも非常に楽だ.
とにかく厚手でしなやかな革を使って強度と耐久性を上げること(COACHのショルダーバッグを例とした),持ち手の位置はコンピュータの重量を考えてごく僅かに中心線からずらすこと(持ち手の構造の説明にはTUMIの鞄を例とした),持ち手の延長は鞄の底を通過させて,持ったときの安定性を向上させること,ポケットは新聞や雑誌を差し込む大きめのもの一つだけで,余計なものは作らないこと,内部は全て黒のライニングを施し,継ぎ目は簡易的な防水処理を行うこと,本体の色はつや消しの漆黒で,表面に出る全ての縫製は赤い糸で行うこと,ジッパー等の金具は全てブラスのゴールドにすること(俺はクロムに金属アレルギーがある),等々.
全てを説明して,理解してもらえたとこちらが納得するのに1時間ほどかかっただろうか.その間オヤジは,別にA4の紙にメモをとり続け,重要ポイントを15ヶ所ほど書き留め(タイ語なので,何を書いているのかイマイチ分からなかったが),更に俺の持っていった図面のコピーを取って職人用のコピーを作り,そこにもなんだかんだとポイントを書き込んでいった.説明している間から,香港の戯けた店とは受ける印象が違った.こちらの要求に対して,どうすればそれを達成できるか非常に具体的で的確な答えが返ってきた.要求を,確かに理解してくれている,と思った.先ほどの店の女将が太鼓判を押すように,この店なら確かに納得できるモノを作ってくれるだろうと確信した.だいたいの大きさと,使われ方の参考にするということで,現行の香港鞄をサンプルとして置いて帰った.とりあえず,来週いきなりどこかに出張に出かけそうな仕事は無い筈だった.
確かにそれなりの高額になったが,1時間の間ずっと隣に座ってオヤジとのやりとりを聞いていたカミさんの顔色をうかがうと,半ば呆れつつも納得した顔をしていた.金を支払い,店を出る.2週間で納品する,とのことだった.車の中でカミさんが言った.
「そりゃアンタ,まともな職人にあれだけの注文を付ければ,あれだけの額にはなるわよ.むしろ安いくらいかも知れない.」と.
2週間後,出来上がりの日から数日経って受け取りに行った.出来上がりを見て,見た瞬間に納得した.要求以上のモノが出来ていた.ガキの悪戯用のナイフ如きでは切り裂けないほどの頑丈さと,その割には内容物に合わせてそれなりに形を変えるしなやかさ.ほぼ全て革一枚で出来ておりどこにも芯など入っていないくせに,空のまま自立し安定する強度.注文通りつや消しの漆黒に,要求を完全に理解した証の目に焼き付くような鮮やかな深紅のステッチが栄える.金のブラスのジッパーはYKK製だった.(日本にいると気にもせずに使うYKKのジッパーだが,あの高品質ははっきり言って異常だ)
受け取った後のオヤジの一言が全てを物語っていた.
「この鞄は,壊れない.だがもし,この鞄を使っていて何かの不具合があったら,いつでも持ってこい.どんな状態でも直してやる.アンタがこの鞄を使い続ける限り,生涯保証してやる.大丈夫だ.アンタが死んでも,この鞄は壊れてないよ.」
そういえば,弘前の馬具店で同じような台詞を聞いたような気がした.
ちなみにオヤジに聞いたところでは,O.P.プレイスで門前払いを食らわされた店は,従姉妹がやっている店なのだそうだった.身内の店を紹介された,というわけだ.まぁ,前回靴を作りに訪れたときに,この店の誠意的な態度はよく分かった.だから安心して任せられた,というのもある.
店を出る前にオヤジに言われた.
「次は靴を作りに来な.ウチの店は靴も得意だ.」
「知っている.2年ほど前に一足作ったことがある.今も履いている.」
「履き心地はどうだ?」
「悪くない.ただ,踵のゴム底の接着部分が少しはがれかけているのと,長く履いてサイズが少し緩めになってきたみたいだが.」
「なんだって?次に来るときはその靴を持ってきてくれ.再調整と修理をする.料金は要らない.作ったウチの店の責任で修理する.」
2年前,半分偶然で飛び込んだ店だったが,どうやら当たりを引いていたようだった.
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