都会と田舎 その2
金曜の夜は,さすがに気分もゆったりとしている.
いわゆる「バブル世代」に分類される俺.夜の過ごし方としては,3つ.
①力の限り仕事をこなす.(いわゆる「24時間戦えますか」式)
②定時頃まで能力いっぱいに働き,定時後は力一杯遊ぶ.(これも所謂「大統領のように働き,王様のように遊ぶ」パターン)
③落ち着いた音楽がかかった部屋で,一人ゆったりと,日頃出来ないことをこなす.(これもいわゆる「ヤッピー的」な夜)
今日は③モード.ここのところ②のパターンで忙しすぎた.殆ど祭りの状態だった.定時までガリガリと仕事をして,定時が終わったらこぞって街に出て,パーティーをし,カラオケに行って騒ぎ,日付が変わる頃に部屋に戻って,酔いと疲れに任せて爆睡.
今日は,日頃出来ないことをしようと決めていた.デパートに行き少し買い物をしてから,部屋に帰り,プールでひと泳ぎしてから,落ち着いてネット関連の懸案事項と,やりたいことを片づける.SrirachaのローカルFM局も,なぜか今日はバラードナンバーを中心に流している.多分,俺だけじゃなくて,他にも似たような気分のヤツがいたのだろう.
・・・晩飯を食うのを忘れているな.(笑)
今更食いに出るのも面倒だ.晩飯はビールだけでいいだろう.ビールは,焼き肉などの油ものと同時に取らなければ,太る原因にはなり得ない.少なくとも,俺の場合はそうだ.
ここのところ,高カロリーなものばかり食っている.それでも,タイに来てから生活が安定し,体重は着実に減っている.不足する睡眠時間で取り戻せない体力を,暴飲暴食で強引に稼ぐ,という日本での生活を改めたからか.マンションにジムとプールが付いていることも大きいだろう.
今日は仕事でバンコクに行っていた.親会社となる某独逸系化学メーカーの,タイのオフィス.今働いている会社とは,日本との間で微妙な力関係.その間を泳ぎ切ることを求められているわけだが,それはまたの話にしよう.部外者が聞いてもおもしろい話じゃない.下手をすると,所謂インサイダー情報にさえなりかねない.
社長室に案内され,その応接室の窓際に歩み寄る.高層ビルからバンコクの街並みを見下ろす.Srirachaと違い,バンコクはやはり都会だ.目線を水平にすれば,同程度の高さの高層ビルが並び立ち,視線を落とせば,MRT(都市型鉄道)や,ファッションビル,巨大な公園に,数多くのマンション,ホテル,高速道路,そしてそこを行き交う車や人の波.
うちの会社の社長は,今週前半マレーシア・クアラルンプールに出張に行っていた.その社長が呟く.
「バンコクの方が,綺麗だよな.街並み全体が.」
俺たち日本人は,大概,クアラルンプールは綺麗な都市,というイメージを持っている.俺もその例外ではない.
実際の所は,例のツインビルやその周辺は遠目に綺麗に見えるのだが,その足下や,さらに周辺地域は,云われているほどではないと云う.バンコクの方が綺麗なのだ,と.
俺が実際に見てきた訳じゃない.だからそのまま鵜呑みには出来ない.
それでもその社長の呟きを聞きながら思った.
都市というものは様々な顔を持つ,と.東京や大阪の大都市に住んでいる人間なら,理解できるだろう.
例えば東京であれば.西新宿も東京の一部であり,歌舞伎町も,道玄坂も,新橋も,浅草も,丸の内も,池袋も,麻布も,自由が丘も,大井も,金町も,高円寺も,深川も,すべて東京の一部なのだ,と.
当たり前のことなのだけれど.
その社長専用の応接室の窓から見える範囲にも,丸の内のような街並み,新宿御苑かセントラルパークのような公園,渋谷の駅前のようなスポット,そして30年前から変わらないみすぼらしい住宅が並ぶ場所,油と金屑にまみれていそうな小さな町工場が並んでいる場所,外国人が住んでいるのであろう地上数十階建ての高層マンションが,一度に視野に入ってくる.
昨日,Pattayaという街の性格について書いた.非常に特殊な街.
バンコクほど巨大な街になると,幾つもの顔を持ちすぎて,一目でその性格が分からないものなのだ,と思いながら窓の外を眺めていた.
いや,もしかしたら,それぞれの顔を持つ幾つもの街が集まって,巨大な固まりを作っているのかも知れない.その解釈の方が正しいような気がする.
打ち合わせと,仕事の話だらけのパワーランチが終わり,ビルの正面玄関から外に出る.
トヨタや日産といった日本製の車が次から次に玄関に横付けにされる.ドアマンが後部座席のドアを開ける.今朝洗車したばかりであろう輝く車体の中から出てくるのは,スーツを決めたビジネスマンや,暇を持て余していそうな着飾った奥様方.携帯電話を片手に何かを喋っているスーツ姿の女の前に一台の黒いティアナが止まり,女はドアマンが開けた後部座席に吸い込まれて,ミラーガラスの向こう側にその姿が見えなくなる.ティアナは滑るように発車し,MRT高架下の道路の流れの中に消えていく.俺も多分そんな連中の中の一人.
数百メートル先には,機械油と,植物性と動物性の油がごちゃ混ぜになって通りを汚しているような屋台街と,軒先の洗濯物と,歩道で寝るしょぼくれた犬と,職にあぶれた男達と,子守をしながら何とか家庭を支える女達が,多分それもバンコクの一部である街並みを形作っていることを知っている.
どちらも,都市の姿.どちらが本当の姿,というわけではない.いずれも現在のバンコクという都市を形作る要素.正しいとか,歪んでいるとか,そんな事は関係なく,明らかな現実の姿として,そこにある.
歪んでいる,などと思っているのは,多分,俺たち外国人の思い上がりなのだろう,と思った.
元々そこに暮らしている人間は,それをそのまま受け入れ,そして変わりなく生活している.それが彼らの暮らす街の姿なのだから.
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